ある一つの日記

1章

またいつものように太陽が昇る。
目を覚ますのはそれから暫くしての事。
太陽が最も高くなり、そして下がり始めた頃。
薄いカーテンから少しだけ漏れた光は、何も無い部屋の中たった一つそこにある男を照らしていた。
そんな空間を否定するかのように、暑いな。と発した本人にしか聞こえないような音が響いた。
夜行性なわけではない。ただ寝る時間が長いのだ。
実際、ヒガシは日付が変わってすぐに寝た。
しかし、今は正午を回っている。
時間を確認したヒガシは、またやっちまった。と思った。
予定が入っているわけではない。彼は毎日暇である。
留年を覚悟し、大学に通っていない大学2年、それが彼。
もともと、大学というのは自由である。行くも行かないも自分次第。
学ぶ場所というよりは、一人で生きる準備をする場所。
投げやりでない覚悟の上ならば、留年という選択肢もあり、であろう。
1年時では単位も他人と同等か、それ以上にとり、成績も問題なかった。
だが今は行っていない。ふと迷った時行く理由も行かない理由も見つけられず、結局行かない道を選んだ。それだけの事だ。
ただ、世間体を人一倍気にする彼にとって、その選択をするにはどれだけの覚悟があったか知れない。
成績優秀で2年になったヒガシは、今バイトもせず奨学金で暮らしている。
親は片親だが、その親に彼が大学に行っていない事は微塵も感じさせていないだろう。
つまり今ヒガシを縛るものは何もない。あるとしたら彼自身の心だけなのだ。
なのに、またやっちまった。と言った。
時間が勿体ない、そう考えているから。
ヒガシは、あなたは今一番何が欲しいですか?と聞かれれば、迷わず時間と答える人間なのだ。
実際早起きしても、何もやらないので、それに意味が無い事は理解している。
だがいつものクセのように、またやっちまった。そう言った。

人生設計をしている奴が馬鹿じゃないのなら、彼の上に立つ馬鹿は居ないだろうが、いろんな意味で彼はそうひどい馬鹿じゃない。
だからこそ、大衆と同意の他人を見たとき、普段ならば吐き気を覚えるが、もし迷ってしまえば彼の心は大きくぐらつくのである。
だが、いやだからと言うべきか、彼はこう思っている。
未来なんて見えないから、過去の選択は間違っていても今の選択に間違いは存在しない、と。
それは自分を落ち着かせるための言い訳に過ぎないのかもしれないと、彼はさらに迷ったが、考えた末それが自分自身の考えに違いないと結論を出した。

ヒガシは無気力だった。何をやるにしてもやる気が起きず、心が動かない。
ただ、矛盾してはいるが、彼を熱くさせるものが無いわけではない。むしろそれは他人と比べても多い方だ。
漫画、スポーツ、小説、ビデオゲーム、音楽、パソコン。
ただ、それらは一度にくるわけではなく、何かに熱くなれば他の熱くさせてくれたものはその時ゴミ同然となる。
つまり、一般的に言えば彼は飽きっぽいのだ。
「そうだな、パソコンでもいじるか」
独り言を呟いて、彼は暑い部屋の中ベッドから起き上がった。
そういえば、今はパソコンばかりだけど、小説の時はひどかったな。
また彼は呟く。
彼は小説などを一気に読むタイプではなく、よく考えながら、たとえば1日1章のようにペースを決めて読む。
しかし、読む時間、日は特に決まっていない。いうなれば暇な時、である。
また彼は多めに奨学金をとっており、1年の時点で50万の貯金があったし、現在も増え続けている。だから、小説を買うのに金銭面で困っていたわけではない。
だから、小説にハマる期間は本来ならば長くなるべきだったのだが、結果たいして長くはならなかった。
彼は感情移入しやすい。暗い小説なら、読み終わってから暗くなったり、小説の舞台設定と自分を被らせてしまう。
主人公が映画嫌いなら嫌いになり、世の中が腐っていると言えばそう思った。
ただ、世界は素晴らしい。とはっきり説いている小説にはまだ出会ってはいないので、その感情移入が万物に当てはまる事は無いんだろうな、と彼は思った。
暫くは感情移入に酔っていたが、何冊か読み終えてそんな自分を生まれて以来最大に嫌悪し、そして読むのを止めた。それが長く続かなかった理由。
パソコンを起動し、チャット画面を開く。
現実で会った事の無い友人がログインしていた。
ヒガシ:よお
 キタ:おいーす
何も考えずチャットを始めた。向こうも同じだったのだろうか。長そうで大した事のない沈黙。気まずくなりキーボードをタイプする。
ヒガシ:あ、用事あるからまた。
 キタ:おけー。またねー。
ヒガシ:ああ。

…カラオケでも行こう。
ヒガシは興を削がれてパソコンを閉じ、シャワーを浴びて着替え、出かける事にした。
家から一番近いカラオケルームまでは原付で10分。
ガソリンは大量に残っており、スムーズに行けた。
カラオケルームに着いて、ふと一人だな。とヒガシは思った。
週1か2のペースで彼は一人でカラオケに行く。
彼は自分の歌がうまいと思っているわけではないが、自分の能力が下がる事に関しては気を使っている。
生きる価値と希望が無いと思っているわりに、この先開花するかもしれない才能はつぼみのままとっておく。
この矛盾に気付いている彼はそのストレスに毎日のように悩まされているのである。
そうだな。今日は友人を誘おう。
カラオケルームの前でそう思い、友人に電話をする。
彼はこの、学校を捨てた生活を始めてから友人を大量に失くした。
ただ、そうする前からそうなるであろう事は予測していたので、それほど落ち込む事はなかった。
その時にメール好きの友人のアドレスは、ヒガシ自ら登録を消した。
彼はメールが嫌いなのだ。返事が返ってくるのが遅い。メールではどうでもいい話しか出来ないのに、どうでもいい話なら、直に会っているときに使うものだと思っている彼は、メールの存在意義を疑っていた。
「そうか。悪かった」
2人の友人を誘った。
1人はごく一般的な大学2年生。彼は大衆の中の1人であるというのに、ヒガシを迷わせる事はなかった。理由はわからなかったが、そんな彼だからこそヒガシは今も付き合いをやめていないのだろう。
もう一人は元同じ大学の社会人。彼はヒガシと同じ種類の人間である。ただ、世間体には勝てなかった。
誘った2人も友人関係であるが、2人が友人同士になったのはヒガシが居たからであり、2人はヒガシに感謝している。
だがヒガシは出不精なのだ。いや、出不精では多少の語弊がある。
彼は他人と外出する事がめったに無い。服を買うのが好きな時期があったから、服はたくさん持っているが、その中で他人と一緒に店に行って買った服は一着も無い。
一人で出かけるというのは、あまり一般的ではないらしい。前にカラオケに一人で行く事を他人にカミングアウトするとひかれてしまった。
それだけ誰とも外に出ない彼が、誰かと仲良くなる事はなかったわけだ。
実際今連絡を取った友人たちも、ヒガシが仲を取り持ったというのに、ヒガシよりも仲が良い。
ただ、それに関して嫉妬する事はなかった。
「さて、行くか」
ヒガシは一人でカラオケルームに入る。
お一人様ですか?という店員の質問に、はい、と当然のように答えた。
「…学校に会社、か。まだ寝惚けてるのかな」
店員に案内されるなか、小声で呟いた。

ある程度歌い、カラオケルームを出た後、ヒガシは家に戻る事にした。
ぼんやりしながら歩いていると、
「あれ?ヒガ…?」
と声をかけられた。
振り向くと男がいたが、誰だか思い出せない。
自分の名前を忘れているだけあって、大した仲では無いはずだ。と腹をくくり、
「ヒガシだ」
と一言だけ言った。
「ああ悪い、ヒガシね。お前、最近学校来てないけどどうした」
その一言でヒガシは同年代の大学生だという事に気づき、
「お前もどうしたんだよ」
と返した。
「今日はサボりだよ。今から遊びに行くんだ」
と明るい声で男が言った。
ヒガシはうざったく感じながら笑顔で
「そうか、まぁ、楽しんでこいよ。じゃあな」
と言い、離れようとすると、
「そういえば、ヒガシ、散歩か?お前出かける時はいつも原付だったよな?」
なんて事を言ってきた。
…今日は本当に調子が悪い日らしい。
すまない。用事が出来たからまたな。と一言挨拶したあと、すでに20分かけて歩いてきた道のりを戻り、原付で家へと帰った。


2章

携帯電話が鳴った。
家の中からカーテンごしに外を見るともう暗くなり始めており、こんな時間に誰だ、と思いつつも着信相手を確認する。
昼にカラオケに行った時に誘った一人、ヨシからだった。
電話に出ると、お前から連絡が来るのは久々だったからな、アキラでも呼んで3人で飲みに行かないか?と誘われた。
アキラとはカラオケに誘ったもう一人だ。
昼の事を気にしていたのだろうか、だが最初に誘ったのはヒガシのほうだったし、彼は素直に誘いに乗った。
約束を取り付け、1時間後に近くの飲み屋で会う事にした後、昼入ったのにも関わらず、またシャワーを浴び、服を着替えて冷蔵庫のおにぎりを頬張った。
飲み屋は食べる場所ではない、と彼は思っている。
バイトをしていない彼は、基本的に金銭的節約をしなければならず、ただでさえ高価な飲み屋で腹いっぱいになるまで食べるのは愚の骨頂だと思っていた。
とはいえ、あくまで付き合いだ。
みんな腹が減ったまま来るかもしれないと、1個だけおにぎりを食べて、まだ冷蔵庫に入っている自作のおにぎりには手を付けないでおいた。
すこしぼーっとしていると、約束の時間が近づいてきたので家を出た。
ヒガシの家から近所の飲み屋をヨシが指定してくれたおかげで、遅刻せずに飲み屋の前に着く。
近くにしてくれたのはやはり気を遣ってくれているのだろうか、ならばやはり、友人付き合いという枠から出る事は不可能なんだろうか。
そもそも、彼自身がこれを単なる友人付き合いだと思ってしまっているのなら、それこそ正解ではない。
とそんな事をヒガシが考えていると、
「おーす。ん?なんか考え事か?」
不意にヨシが声を掛けてきた。
社会人のヨシ。去年同じ大学にいた先輩である。しかし、今はただの友人。話づらいから、と頑なに言ってきたのが理由で、ヒガシはヨシに対して敬語を使うのをやめていた。
ヒガシは少しおどけて、よう、と返事をし、続ける。
「なんでもない。歩きか?」
「いや、駐車場に車停めてきた」
ヒガシが聞くとヨシが答えた。
ヒガシはそうか、と一言呟くように言い、また考え込むような表情に戻った。
さすが今も友人であるヨシは、今のヒガシには話し掛けようとせず、久しぶりに会うというのに、何も交わさずにヒガシの隣に座った。目は決してヒガシには向けない。
暫くして、ヒガシがヨシの方を見、ヨシもそれに気付いた時
「おーす。おー、辛気臭いなー。どうしたんだ?ヨシもシ」
「おい」
ヒガシは大学の同級生、アキラに
「ヒガシだ」
と付け加え、アキラはすまん、と謝った。
「ん、揃ったか」
ヨシが言うと、久しぶりだな。ま、とりあえず入ろう。と続け、ヒガシは二人の背中を見ながら居酒屋に入った。

ヨシがトイレに行く、と席を立っている間、アキラは
「ヒガシは何で本名で呼ばれるの嫌なん?」
と不意に聞いた。
ヒガシは少し黙ってから言った。
「距離を置けるからな。あだ名は」
アキラはなんとか聞き取って、聞き加えた。
「普通あだ名ってのは距離を縮めるためにあるんじゃないんか?」
ヒガシは待っていたかのように返す。
「それは他人にあだ名をつけた時だけ生まれる感情だよ。俺が考えたあだ名で呼ばせる。それなら本名を教える必要もないし、新たにあだ名をつけられる事も無い」
アキラは感心しつつ、首を傾げて尋ねた。
「あのさ、俺たちは友人として扱ってはくれないんか?俺たちはお前を名前で呼んじゃいけないんか?同族だよ。俺ら3人は」
アキラらしくなかった。
入る前に無理矢理言いなおしたのがまだ気になっているのだろうか。
彼らは普段深入りはしない。めんどくさいだけだ。
いや、それも逃げに過ぎないのだろうか。失うのが怖いのなら、何も得なければ良い。だから距離をキープし続けていた。だが、いつのまにか依存していたのだ。少なくともこの2人に。
今の一言はトリガーとなり、それを嫌というほど感じさせた。そうでないなら言えば良いのだ。お前らは他人だ、と。それを言えない。言えば失う。知らないうちに得ていたのだ。2人を。

「…友人だよ。お前らは。大切な、ね」
と、無意識のうちの防衛を、ヒガシは口から発していた。
生き方が感情に負けた。今のヒガシの選択に正解が無いにしろ、あるにしろ、どちらも自己嫌悪に苛まれていただろう。
そうだ。ヒガシは今足が震え、手が痺れている。そして、崩れそうになった瞬間、ヨシが戻ってきた。
真っ先に気づき、ヒガシ、大丈夫か?とヨシはヒガシを気遣う。
アキラは真面目な顔をしつつ、手は延ばさない。
しかし、それも一瞬、アキラは、悪かったな、忘れてくれ。と言い、
でも、ありがとう。と小声で付け加えた。


3章

あの飲み会から、一人でいる時間を多めに取ったまましばらくして、やはりそれが楽であると気付いた。
それでもあの二人無くしては生きてはいけないのではないかと考えてしまうのは仕方ない事なんだろうか。
ヒガシは選択をしない。
それを嫌だと思っているからこそ、考えるという事で代用、した気になっているだけだ。
だからこそあの夜選択を強いられ、そこに考える時間が足りない事を理解したまま経験も無しに結論を出した自分自身を、彼は悔んでいるのだろう。
人は選択をする時圧倒的にそれを決断する、考える時間が足りない。
だからこそそれは、経験で補うべきなのだが、その経験が足りないまま重大な選択を時間制限付きで強いられた時どうすればいいんだろうか。ヒガシはそう考えている。
人は失敗で成長する。
彼はその言葉を、何を馬鹿なと思っていたのだが、この状態に立たされて気付いた。あの言葉はそういう意味だったのだろうかと。
だからそうなるべきなのかもしれないと、『考えた』。
そして、今のヒガシはその結論を出した事で満足しかけている。
それではいけないのだろうが、だからといってヒガシが失敗をして成長する、という決断をする。つまりこれから選択をする人間になる、という選択をする事はやはり難しいのだ。
しかしだからといって、そう思えた事は、確かに変化であり、それは成長したという事なのだろう。
そして、だとしたらその変化をもたらしたのは、やはりあの一言で、あの二人のおかげだ。
だからこそ、やはりあの二人を切り捨てる事は出来ない。
そうヒガシは考え、あの時の答えは間違いではなかったと信じる事が出来た。
時刻は午前8時。
8時半から学校があるが、それでもやはりヒガシは準備を始めない。
とはいえ、夜早く寝、朝早く起きるようにはなっていた。
理由はわからなかったが、それもおそらく彼自身の変化から来たものなのだろう。
それでも、やはり彼の本質的な事は変わらない。
考え、答えを出してもそれを選択する事は出来ないからだ。
そして、おそらくそれが命取りだった。
電話が鳴る。着信相手を確認すると、ヨシ、と書かれていた。
社会人の、ヨシ。
この間の事をアキラにも謝りたかったし、ちょうど良いな、そう思って電話に出る。
「もしもし、ヨシか。どうした?」
電話に出て直ぐ、ヒガシはそう言ったが、ヨシから返答は無い。
「おい、どうした?」
何かおかしいとヒガシは感じて、少し声を荒げて尋ねた。
「ヒガ…シか?」
その声は、明らかにいつものヨシとは違い、小さく、暗いものだった。
「…」
何も言えない。ヒガシとヨシは同族であり、たまにこういう風になる事は確かにある。
だが、その時ヒガシとヨシは同じく、他人に頼るという事はしない。
自分が不安になっている時、相手を不安にさせる事は無益だという事を知っているからだ。
そしてそれが同時に自分の弱みを見せる事でもあると。
だから、こういう事は普通無い。
「どうした?」
それでも、ヒガシはこう言わなければならなかった。
そして、電話先から声が漏れる。その声はよわよわしいながらもはっきりしていて、さっきのヨシとは別人ではないかと感じるほどだった。
「嘘だろ…?」
そう言ってくれ。という望みと共に、ヒガシも弱々しく言うが、ヨシは首を振る返答をした。
「アキラが、死んだ?」
信じられない。狂ってしまう。
それでも、理解できていないのだろうか。驚くほど落ち着いて、問う。
「原因は?」
「心臓発作。自殺じゃない」
確かに、アキラは自殺をするような人間ではない。
ヒガシとヨシは同族だが、アキラはそれとは違う理由で二人と一緒にいた。
だからこそ、アキラは自殺をするような人間ではないはずだと、二人は知っていた。
それでも、この年齢で、そして二人よりも先に、アキラは死ぬ人間ではないと感じていたはずなのだ。
それでも、別れは唐突に訪れる。
「葬式とかはどうなってる?」
ヒガシは電話口にそう言って、確認を取る。
「明後日に葬式だ。俺は行こうと思ってる」
「わかった。俺も行くから、当日連絡くれ」
「わかった」
と、そんな会話をして、ヒガシは電話を切る。
朝で、起きたばかりでも、ヒガシは寝ないとやってられなかった。
そして当日。
起きている時はぼーっとして、寝る時間が長い。
そうやって二日間を過ごした。
その間ヒガシは涙を流す事が無く、冷たいのかな、と。
そう思った。
午前5時頃起きてしまって、今寝たら寝過しそうだな、と思ってその日は長い時間をぼーっとしたまま過ごした。
そして、時間。
家のインターフォンが鳴り、扉を開けるとヨシだった。
「行くぞ」
ヨシの目は赤くなっておらず、やはり泣く事は出来なかったのだろうか、とヒガシは思ったが、
「わかった」
と、暫く前に着替えた服のまま家を出た。
ヨシは車で来ており、その助手席に乗って式場に向かった。
アキラの家から近い葬儀場に着き、そこにはたくさんの人が居た。
ああ、やはりアキラは愛されていた、そう感じて、少しだけ安心できた。
誰とも会話を交わす事無く、焼香を上げる列に並ぶ。
ヒガシの前にヨシがいたが、彼の不安がまぎれる事は無かった。
そして、自分の番。
前には、アキラの灰色の写真があり、少しだけ実感したんだろうか。
それを見て涙が一筋だけ流れた。
焼香を上げ、後ろを振り向いて戻る。
涙を拭ってから、ヨシを探すと、トイレからヨシが出てきた。
目は赤く腫れており、ヨシは実感出来たんだろうか、それともやはり俺が冷たいんだろうか、とヒガシは思った。
直ぐに車に乗り、ヒガシは家の前で、車の中のヨシに、ありがとう、と一言だけ言って家に入り、すぐに寝た。


最終章

アキラが死んで、大体1ヶ月くらい経っただろうか。
やはりあの葬式の時だけしか、ヒガシは涙を流す事は無く、そしてヨシとも会う事は無かった。
けれど、それでもヒガシは確かに決断をした。
それは遅く、成長するための失敗としてはあまりに大きいものだった。
が、それでもヒガシは携帯を手に取り、ヨシに電話をする。
その日は日曜日で、ヨシはおそらく会社が休みだろう、そう考えての事だった。
予想通りにヨシは直ぐ電話に出て、どうした、と聞いてきた。
「お前、アキラの墓参り行ったか?」
ヒガシがそう聞くと、
「最初はお前と行くつもりだった」
と、ヨシは待っていたかのように返した。
「今から暇か?」
「ああ。いつでも行けるよ」
「じゃあ、行こうか」
「今から迎えに行く」
と、少しだけ言葉を交わして、電話が切れた。
少し時間がたって、インターフォンが鳴り、あの時を思い出しながら、扉を開けると、やはりヨシだった。
ヨシは喪服を着ており、ヒガシは、やっぱりか。と思った。
ヒガシももう喪服を着ている。
そのまま出会いのあいさつを交わし、すぐにヨシの車に乗る。
そして、墓地に着く。
ヒガシは無信教だ。
神、という見えないものを信じるのは逃げで、負けだと思っている。
それを実行出来るほど人が強くない事を理解しつつ、やれるだけの事は自分でやろうと思っていた。
それでも、やはり限界が来る。
それが、きっとこれだ。
少し歩いて、アキラ、と墓石に刻まれている場所まで来る。
右隣りにはヨシが居て、見ると手が震えている。
「許されないんだろうか」
そうヨシが言った。
残されたのは同じ二人だ。アキラはやはり少し違っていた。
そして、最もヒガシに近かったヨシが、そんな台詞を言う。
しかし、嫌悪は感じなかった。
おそらくヒガシも同じ事を思っていたからだ。
「それは俺たちで決める事だろ?」
ゆっくりと言って、矛盾に気づきながら、やはり嫌悪は感じない。
「そうかもしれない。けれど、やっぱり重いな」
そう返してきたヨシに、ヒガシは、
「それでもきっと背負える。変われるさ。そしてそれは責任じゃない」
涙は流し切って、もう流れる事は無く、はたから見れば二人は冷たい人間だろう。
「ヨシ、悪いけど、少し独り言が言いたいんだ」
「…わかった」
と言って、ヒガシの声が聞こえる位置ではあるが、ヨシは一歩下がった。
あまり聞いてもらいたくない、と思っていたヒガシだが、おそらくこれがヨシの答えなんだろう。だから、ヨシに聞こえる声の大きさで、独り言を呟いた。
「アキラ、あの時、名前で呼んではいけないのか、と。お前は言ったな」
「怖かったんだ。そして遅すぎた」
「楽しい、というのはきっと大切だ。人は苦しい事だけでは生きていけない」
「楽しい事だけで生きていけないのも確かだけどな」
「そしてその両面を見せてくれていたアキラとヨシに、早く気付くべきだったんだ」
「もう遅いけれど、お前が生きている内に、名前で呼んでほしかったよ」
「お前らになら、良いと思ったんだ。遅すぎたかな」
と一気に墓に向かってヒガシは独り言を言い、後ろから
「行こうか、シンジ」
と声が聞こえ、墓に向き合ったまま頷いた比嘉慎二は、
笑って振り返った。

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